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青森地方裁判所鰺ケ沢支部 昭和29年(ワ)31号 判決

原告 葛西寅五郎

被告 川除村農業協同組合 外一名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和二九年四月三〇日被告組合が施行した役員選挙において、被告菊地嘉太郎の理事当選はこれを取消す、組合員葛西寅五郎を理事当選者と定める」仮に右請求が容れられないときは「被告等は原告に対し、昭和二九年四月三〇日被告組合が施行した役員選挙における被告菊地嘉太郎の理事当選を無効とし、組合員葛西寅五郎は理事当選者である、との確認を為すべし。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、請求の原因として、

一、被告組合は農業協同組合法により設立せられ、正組合員二五三名を有し原告はその正組合員である。

二、被告組合定款第三一条によれば、役員として理事九名監事三名を置く旨を、同三三条に理事は組合長一人を互選する旨を各規定し、現役員の任期は昭和二九年六月二二日を以て満了するものであるが、被告組合は各組合員に対し昭和二九年四月一〇日付同年四月三〇日役員選挙を執行する旨の通知を発し、組合長菊地嘉太郎が選挙管理者となり同年四月三〇日右役員の選挙を施行し、次のように得票しそれぞれ役員に当選した。

理事 三〇 三浦金五郎 二九 山本重道  二七 中野潤

二七 菊地嘉太郎 二五 佐藤秀雄  二五 山本角右衛門

二五 斎藤貞吉  二二 高橋義雄  一八 中野藤太郎

次点一二 葛西寅五郎

監事 五七 佐々木寛  五五 菊地嘉太郎 四八 三上敏

次点三五 成田久次郎

三、前記の如く理事監事の選挙が同時に行われ、組合員菊地嘉太郎は理事に二七票監事に五五票を獲得した。

被告組合選挙規程第二一条第二項によれば「当選者を定めるにあたり得票数同一のものについては、選挙管理者が選挙立会人立会の上くじで定める。理事と監事の選挙が同時に行われた場合において、第一項により同一人が理事と監事の双方に当選の資格を得たときは、その者を得票数の多い方の役員の当選者と定める」旨を規定するから右嘉太郎を監事の当選者と定めなければならないし、又理事の次点たる原告を理事当選者と決定しなければならないものである。

四、然るに選挙管理者たる組合長菊地嘉太郎は、右規程及び選挙立会人並に開票立会人対島喜一郎の意見を無視し横暴にも己れを理事の当選者と定めて監事当選の五五票を無効であると宣言した。

右の如く理事当選決定は違法のものであるから、その当選は当然無効であるか若くは取消されなければならないものと信ずる。

と述べ、被告等の主張に対しては、

一、農業協同組合法第九六条の規定は任意規定であつて強行規定ではない、農業協同組合の役員選挙には公職選挙法の適用がないから、右選挙について争うには民事訴訟法によつて争うほかはない。

二、菊地嘉太郎に投ぜられた監事票の他事記入は投票者の記入したものでないから無効ではない。と述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、本案前の抗弁として、

本件当選の効力を争うには、農業協同組合法第九六条によつて組合員の一〇分の一以上の同意を得て選挙の日から一ケ月以内に行政庁の救済を求めるべきであつて、直接訴訟をもつて争うを得ないものである。

と述べ、本案についての答弁として、

(一)請求原因第一項は認める、(二)同第二項中、被告菊地が五五票の監事の有効投票を得たとの点は否認する、(三)同第三、四項の主張は認めない。

と述べ、なお次のように主張した。

一、被告菊地嘉太郎に投ぜられた監事票には他事記入があつて無効である。従つて被告菊地が成田久次郎の三五票を上廻る監事の有効投票を得たことを前提とする原告の主張は失当である。

二、本件選挙は先ず理事を選挙し、理事が決定し、その理事にして就任承諾書を提出した者について、監事に投ぜられた票は、被告組合選挙規程第二〇条第四号により無効とすることについて立会人全員が賛成し、その決定の下に監事選挙の開票が行われたものであつて、理事、監事の選挙が同時に行われたものではない。

二、選挙規程第二一条第二項は、理事、監事各一名を選挙する場合にのみ適用される規程であつて、本件のように理事、監事の全員の選挙の場合には適用すべからざるものである。

四、選挙規程第二一条は、同一人が理事、監事の双方に当選したとき、当該当選者においてその一方を選択しなかつた場合に適用せらるべき処理規程に過ぎないので、本件のように被告菊地が理事を選択した場合には、もはや適用の余地がない。

五、選挙規程第一〇条には、開票管理者が開票立会人の意見をきいて投票の効力を決定すると規定し、本件においては投票の効力を決定するについて開票立会人の何人よりも異議の申出なく決定したものであるから、その結果に対し原告において争うことは許されないものである。〈立証省略〉

理由

原告の本訴請求の要旨は、被告組合は農業協同組合法による農業協同組合であつて、原告はその組合員であるが、被告組合の昭和二九年四月三〇日における役員選挙は、被告組合の選挙規程に違反しておるので、無効若くは取消し得べきものであるから、右選挙の取消を求め、取消の請求が容れられないときはその無効確認を求める、というにあるのである。

そこで右請求は裁判所の管轄に属するかどうかについて判断する。

農業協同組合は、私法人であるから、その決議や選挙の効力に関する組合員との紛争の如き事項は、法律上の争訟として裁判所の権限に属すべきものであるが、かかる組合の内部における紛争に干しては、行政庁にのみその救済を求め得ることを規定し、直接訴訟による救済を求めることを排除する趣旨の立法も、また理論上可能であるというべきである。

農業協同組合は、農業生産力の増進等を図り併せて国民経済の発展を期することを目的とし、一般の私法人と多少趣を異にするところがあるので、農業協同組合法は、特に行政庁の監督に関する規定を設け、その第九五条には、法令等の違反に対する行政庁の処分に干する規定があり、第九六条には、総会の招集手続、議決の方法又は選挙が法令又は定款若くは規約に違反するときは、その議決又は選挙若くは当選決定の日より一ケ月以内に総組合員の一〇分の一以上の同意を得て、その取消を行政庁に請求することができる旨を規定している。

農業協同組合法が中小企業等協同組合法第五四条のように、商法の株主総会の決議の取消又は無効に関する規定を準用することなくして、右第九六条の規定を設けた理由を考えるに、農業協同組合は国家の基本産業である農業に干する組合であつて、その事業は公共的性質を具有するをもつて、組合の事業の遂行は迅速ならしめるを要し、そのためには組合の決議や選挙の効力はなるべく速かに確定する必要があるので表決等の日より一ケ月以内に限つて行政庁に取消の請求を許し、以後は他の方法による不服申立は全く許さない趣旨を規定したものと解するを相当とする。

もし右の規定によつて出訴が妨げられるのは、組合の決議や選挙が法令等に違反した場合であつて、そのかしの程度が取消し得べきものに限られ、そのかしの程度が重大であつて法律上当然無効の場合においては、無効確認を訴求し得るものと解するときは、無効確認の訴については別に出訴期限がないから、何時でもこれが訴を提起することができるので、右第九六条のような特別の救済方法を規定した趣旨は容易に没却されるのみでなく、同一の決議等に対し、裁判所の判決と行政庁の裁決とが或は牴触するような結果を招くこともあるから、取消の訴のみならず無効確認の訴も許さないものと解さなければならない。

しからば原告は、本件選挙につき、農業協同組合法の定める方法により行政救済を求めるは格別、直接訴によつてその取消若くは無効確認を求めることは許されないものというべく、よつて原告の本訴は、裁判所の管轄に属しない事項を訴訟の対象として訴求するものであるから、その他の点について判断するまでもなく不適法として却下すべきものとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決することにした。

(裁判官 角正太郎)

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